我輩はクソである

我が輩はクソである。名前は、ある!


一般常識や世間体からすれば、自分なんてクソや。

そう思うことがあったとしても、そこからどう動くがポイントなんやろう。


そのまま下水に流される「う◯こ」のごとく、自分の感情に流され続けるのか?

それとも、流れから飛び出してみるか?


例え、今は流されるクソやとしても、俺には岸辺へと泳ぐ腕がある。

陸を進む足がある。
そして何よりも、それを選択する意志がある。


流れから一歩踏み出して、自分の畑を見つけに行こう。

そこには俺を求める微生物がいるかも知れない。

彼らと力を合わせ、新しい生命を生み出そう。

キャベツか?アジサイか?それとも、鳥たちの休む大樹か?

もし、畑に何もいなければ、別の畑へ行けばいい。途中で方向転換してもいい。


とにかく飛び出そう。

役に立つかどうかじゃない。何を生み出せるかでもない。

流されてるからオモロくないんや。

行く先はどこでもいいから。ひとまず決めて、歩き始めよう。